しがない女子高生。

何の取り柄も無くて劣等感に苛まれるけれど、精神科医になりたい高校生の記録です。

空白の50日。

コロナによる休校から50日が経った。

50日前は、「この休みで巻き返そう」と強い意志を持って計画を立てていたのに、今はまるで廃人であるかのような生活をしている。戻りたい、50日前に。

 

毎晩毎晩、自分がなんの進捗も生み出せなかったことに苛立ちを覚えて眠れない。心が入眠を拒否しているので、電気をつけて勉強に励もうとするが、それすらも苦しいと感じて、「何もしたくない」という感情に耐えながら朝まで過ごしている。本当にしんどい。

朝になると何故か眠りにつくことが出来るので、少しだけ寝て生活リズムを戻そうと試みるが、気がつくと時計の針は12時を超えている。

 

今は休校期間が5月6日までとされているが、おそらくさらに延期されるだろう。

けれどもあと二週間弱。これ以上自分で自分の首を締めないように、少しは頑張りたい。

 

二週間後の私はどんな面持ちなのだろう…

劣等感。

私は常に人と比べて生活してきた。

 

学校の成績、ピアノ、体重、家庭環境、髪の長さ…

恐らく他の人と同じようなことを気にしているのだけれど、私にはその一つ一つがとても重くのしかかっていた。

 

ここでは学校の成績について話をしてみようと思う。

小学校の時、私は学年で2番目に頭が良かった。けれども、私よりも頭が良かった、たった一人の子は、私とは比べ物にならないほどだった。まず頭のキレが違う。科学オリンピックのようなもので優勝したことがあるような人だった。同じクラスになった時には、その人について色々知りたくて、時々話しかけたりしていた。

けれども、私は馬鹿にされた。当たり前なのだけれど。

「貴方がどれだけ努力しても俺には及ばないよw」

紛れもない事実だった。私にはそんな才能がない。それほど努力していない。全てにおいて劣っていた。絶望するくらい。

そして、中学生、高校生になり、環境が変わった私は、自分より少しだけ優れている子、そしてちょっとした努力の差で自分は落ちこぼれているのだということに気づかされていった。

 

今でも私にはその言葉が重くのしかかっている。上には上がいること。私は「勉強が出来る方」なだけで、決して「天才」にはなれないこと_______

今でもこの現実が受け入れられなくて、どこかで1番になれるのではないか、と色々考えている。努力もしていないのに。ずっとずっと、周りに嫉妬している。他の形で注目を浴びようとご飯を一週間抜いてみたり、過酷なダイエットで倒れたりして。

 

 

 

話は変わるが、先日、親に通販サイトでパソコンを注文してもらった。三年前にもパソコンを持っていたのだけれど、いつの間にか部屋から消えていたから。(私がパソコンをウィルスに感染させたのが原因)

パソコンが届いたらプログラミングをしたいな、そう思いながら、Twitterで「競プロ(競技プログラミングの略)」と検索をかけてみた。いわゆる勉強垢で競プロのツイートをしている人がいたので、色々とフォロー欄を辿ってみた。

すると、見覚えのある名前と数字のアカウントがあった。小学校の時学年一位だった人。

 

…はじめてそれに気づいた時、あ、見つけた、見てしまった、と思った。凄く気になって、ツイートを辿ってみた。

その人は更に凄い人になっていた。科学オリンピックで入賞、プログラミングも極めている。そして勉強も出来て。住む世界が、次元が違う、、、

一気に過去の記憶が蘇った。私は今でもその人の言葉が忘れられなくてこんなに苦しんでいるのに、その人は人生を精一杯楽しんでいるような気がした。

 

それから色々な事を考えた。私も当時は色々言い返したりしていて、ずっとその罪悪感に駆られていたけれど、もう、過去から離れて、今を生きてもいいのかな、と感じるようになった。

中学の頃から劣等感を感じ続けたこと、そして、相手が今を楽しそうに生きていること。これで、私が勝手に感じていた罪悪感は、嫉妬は、もう忘れてもいいのではないか。

 

これからは、周りを気にして変に嫉妬したり劣等感を感じたりぜず、自信を持って、全力で努力しても大丈夫な気がした。

 

駄目だったら、また何かしらの形で諭されるだろう。

はやく認めて貰えるように、精一杯の努力をしなきゃ。

医師にならないと。

私は精神科医になりたい。

 

_______それには色々な理由がある。

親からのプレッシャー。

何か人の為になることをして自分の価値を見出したい。

私が医学部に受かればこれまでの劣等感は払拭されるのではないか、という淡い期待。

何よりも、他の精神科医よりも患者に寄り添った医師になりたい。

 

 

小さい時から医学に興味があった。親の書斎にある医学書を見ては「わたしの親は凄い人なんだなあ」と感じていた。10代になるまでずっと、私の親は全部正しくて、周りの人よりもはるかに優れた思考力を持っているのだと思っていた。

 

10代になって、色々な出会いがあった。(自称)進学校に入学して、自分より才能がある人、努力している人を見ては劣等感に苛まれた。私はどんどん堕ちていくように感じた。小学生の頃には先生に褒められていたのに、中学生になった途端に「どこにでも居る生徒」の一人になったような気がした。

 

 

私には何もなかった。そして、それまでは良く分かっていなかった「精神科」というジャンルに足を踏み入れるようになった。

 

 

 

小学生の時から医師になりたいと思っていたが、中学生になって自分には無理だ、と思うようになった。先生に「何になりたいの?」と聞かれて「心理学系の仕事に携わりたくて…」と嘘をついた。もう私は「お医者さん」にはなれないのだ、自分が描いていた未来は夢だったんだ、とコンプレックスを感じていた。

 

高校生になった。先生達は進路について口煩く言うようになった。そこではじめて、医学部を目指したい人がクラスの半分くらい居ることに気がついた。

 

「こんなに医師になりたい人がいるなら、私も目指しても良いのではないか」と思うようになった。学年で20番くらいの成績、これから頑張れば大丈夫。そう思いながら、私は「医師志望」となった。